2010年9月11日土曜日

ジスロマック、名医の匙加減 -鶴見大学歯学部 五味一博准教授

先日、神奈川県保険医協会主催の勉強会に参加した。講師の先生は鶴見大学の歯周病の五味一博准教授だった。

以前からジスロマック(アジスロマイシン)にはなにか不可思議な作用があるような気がしてならなかったので、ジスロマックの歯周炎応用の第一人者として名高い五味先生の講演を楽しみに聞きにいった。

講義の内容は非常に興味深いものだった。

臨床医の先生でジスロマックを使用したことのある人であれば、もしかすると感じているのかもしれないが、ジスロマックは歯周組織の炎症に非常に効き目が強い。実際にデータで見る細菌に対する抑制力から直感的に予測されるよりも「非常」に強く効くのだ。しかも効き目が非常に長い。時にはたった一回の投与で歯周炎が大きく改善する事があるのだ。普通は抗菌剤は効き目がなくなったら、原因をコントロールできていない慢性炎症の症状は元へ戻ってしまうことが多いのに。

私も「なぜだろう?」と不思議に思っていたが友人達の話を聞いてみても「歯周組織への移行が良いのでは?」程度の意見。私もなんとなくそうなのかな、等と思っていた。

ところが五味先生の講義によると、ジスロマックには本来の抗菌作用以外にいくつか歯周炎の抑制に非常に有用な作用があるようだ。

まず、歯周ポケットへの移行だ。これは私も不勉強だったのだが、ジスロマックは炎症性白血球に吸収されやすい。この白血球は当然ながら慢性炎症である歯周炎を起こした歯周組織へ走化性で集まってゆく。つまり体全体に薄まっているジスロマックを炎症細胞がせっせと病巣へ濃縮してくれるのだ。むむ。これは凄いですね。

さらに化膿性炎症が起きて、好中球が破壊されるとする、すると細胞液から高濃度のジスロマックが溢れ出す訳だ。これではバクテリアは堪らない。激しく好中球と戦ってやっとの事で斃したと思ったらその体から毒が溢れ出して彼らを襲うのだ。

かくして、それほど抗菌力の強くないジスロマックなのだが、炎症層で悪さをしている細菌には容赦なく襲い掛かる最強のガーディアンになるのだ。

その他、コラーゲンの合成の抑制、コラーゲン分解酵素活性の亢進による歯肉の退縮でポケットも改善する。さらにはインターロイキンの抑制作用まであって歯周炎による骨破壊を抑制するというオマケまでついている。

これは非常に素晴らしい薬剤で、まさに急性歯周病を制圧するために生まれてきたような薬だ。先生の講義では、他の抗菌剤との比較、エビデンスによる治療として細菌種の同定をした後の最適な抗生物質の選択、(Pg菌にはジスロマックが良いが、Aa菌の場合にはクラビットのほうが強く効く等)抗菌性の継続期間と歯石除去・SRPの実施タイミングなど、先端で研究を行っている医師でなければ知りえない実践的、かつ非常に貴重な知見を惜しげもなく披露してくれた。

五味一博先生に感謝しつつ、明日からの当院の歯周病の患者さんの診療に役立てたいと思う。

(文:窪田 敏之)

2010年7月30日金曜日

医療法人化 医療法人 社団 窪田歯科

4月1日より、個人で経営していた「窪田歯科医院」が法人化して「医療法人 社団 窪田歯科」になった。医療法人にした目的は医療サービスの提供の高度化だ。

個人経営だと院長個人の才覚だけで医療サービスを提供してゆく事になる訳だけれども、これでは院長の身に何か問題が起こった場合には患者さんが放り出されてしまう。これでは如何にも無責任だし、サービスの質ももうひとつだ。

医療法人になった場合には医院の財産や組織と院長個人は分離されるので医療サービス提供が安定化される。(という建前になっている)

しかし今回私が実際に体験してみて医療法人の設立根拠法である「医療法」の形骸化と硬直化が著しく、この点でも医療の崩壊が進んでいることを実感する事になった。

医療法人は非常に歪んだ制度で、まともな法人とは言えないのではないかと思う。この制度は存在しないよりは多少はマシといった程度であって、本当に国民の健康を守り増進してゆくためにはかなりの制度改革を行わないと役に立たない。

医療法人の駄目なところは次のような点だ。

1.コーポレートガバナンスの仕組みが非常に脆弱。
→このため悪意のある人が居た場合、勘違いや運用のミスで簡単に乗っ取られてしまう。
2.財産権に関する哲学が歪んでいる。
→高度医療を提供するのに必要な資金調達はできない。
→お金を出してもなんの見返りもないので、単なる寄付行為になる。これは乞食根性だ。
3.健康保険制度に依存しすぎている。
→健康保険制度自体が非常に運営が悪くなっているので医療法人も駄目になる。
4.税法などの支援がまったく無い。
5.経営の自由が保障されていない。
→いちいち当局にお伺いを立てないと経営が進められない
→このため経営速度が遅くなる。
6.法の理念とは異なって院長個人の保証がなければ借入金も起こせない。

4.5.はセットでかなり問題だ。というのも責任と自由度は付随するべきなのに医療法人では自由を奪われているのに責任は減らない。これは規制のための規制に過ぎず、医療を推進しない。

医療法人を取り巻く環境はこのように全然駄目駄目なのだ。そこで日本の医療の発展は医師の善意によってのみ推進され、しかもその医師たちの力は刻一刻奪われいる。日本の医療はどうなるのだろうか?

医療法人のしくみは抜本的な改革が必要だ。

(文:窪田 敏之)  

2010年4月23日金曜日

広州の歯科医、エリック・チン(秦)先生とその診療所

広州市は長い歴史のある貿易港だ。中でも広州東駅周辺は外国企業などが多数進出している。この地域にある天河北路のホテルの11階にある

凯怡牙科诊所(Kai-yi, カイイと読むようです)

を尋ねた。

エリック先生はこの診療所で指導的立場で、現在はアドバイザーおよびパート医師として関わっている。この歯科医院はホテルビルのワンフロアを全て使っており、その広さは800平方メートルに及ぶ。

この歯科医院は日本で考える歯科医院とはかなり趣が異なっている。広くてゴージャズな待合室にはシャンデリアとソファーがあり、ドリンクサービスがある。診療ユニットは12台。ただし全て個室で、しかも個室はかなり広い。(おそらく20畳以上の広さ)個別に手洗いシンクを備えている。また相談室、技工室、材料保管室、消毒室、子供用待合室等がそれぞれ配備されている。診療室はGP(一般診療用)が多いが、何室かは矯正用、顕微鏡治療用、インプラント手術用などに専門化している。

治療内容はGP・インプラント・矯正・歯周炎・予防と全域にわたっている。感染コントロールレベルは非常に高く、術前にユニットの主要部をラップで被覆するといった徹底ぶり。

ジルコニアなども、もう普通にやっており、全体的に治療レベルの高さを感じた。

エリック先生との会話の中で、色々中国の歯科事情について理解が進んだ。まず中国と日本の大きな違いは、中国では医科と歯科の区別が無いという事だ。このため歯科を目指す人は医科大学の卒業後、口腔外科・歯科を勉強して歯科になるので、他の耳鼻科・脳外科・眼科・etc.と同じなのだ。

そんな訳なので「歯科衛生士」という職業も今のところ明確には存在していない。これは看護士の中で歯科に興味を持っている人が、歯科の勉強をして「歯科の看護士」になるので、日本で言うところの看護士さんと同じになる。

つまり一元主義だ。これに対して米国や日本は歯科と医科は別々のコースの二元主義だ。これの良し悪しに関しては別稿で論じようと思う。

この診療所の治療料金だが、治療は全て自費で日本と殆ど同じような費用だ。概ね半額から7割ぐらい。食品や公共交通の値段が10倍以上安いことを考えると、これはかなり高価だ。その上保険は適用されず、全て自費なので、それを考えると日本よりもかなり高額感もある。

中でも大臼歯のエンド等は一歯につき7万円と日本の7~10倍の値段だ。地元の先生によると日本から来たお客さん(患者さんの事)のエンドはレベルが低く、殆どやり直しになってしまう上に根尖部の損傷が激しく回復させるのに苦労させられると言う。先方の先生は「日本には健康保険があるので仕方がないんでしょうね」と気遣ってくれたが、全く恥ずかしくて参った。

中国は国全体の経済力はまだ日本には及ばないけれども、高所得層の経済力は既に日本と同等かあるいはそれ以上になっている事もうかがい知れる。

(文:窪田 敏之)

2010年4月19日月曜日

歯科のX線について

今回医療法人化するので、一旦個人の医院を廃業して、再び法人立の医院を届け出る事になる。この時にはX線装置の設置状況も届け出るので、少しX線のおさらいをしてみようとググッってみたら、良い文献があった。

日本大学歯学部 岩井一男先生の「歯科X線撮影における防護Q&A」だ。網羅的に歯科用X線について書かれていて判りやすい。

この中でデンタル一枚では下顎大臼歯が24マイクロシーベルトと大きい。これをデジタルレントゲンにすると機種によっては一桁アップして2.4マイクロシーベルトに低減するので患者さんにとってのメリットは大きいだろう。

最近一部に出てきたCdTe(キャドテル)という物質で作られたX線センサーは更に高感度のようで、これを使用するとX線防護室が不要のパントモを製造できる可能性もあるという。

(文:窪田 敏之)

2010年3月11日木曜日

広州のデンタルショー、 Dental South China 訪問

今月の29日から4月1日まで4日間の日程で中国広東省の広州市で「Dental South China」が開催されるので訪問してみようと思っている。去年は韓国のソウル市のデンタルショーと上海のデンタルショーに参加してみた。広州のデンタルショーは初めてなので楽しみだ。

広州には著名な歯科医師のエリック・チン先生がいる。この先生は東京医科歯科大学の同窓生で、現在広州市内で歯科クリニックを開業している。先生のオフィスを見学させてもらう約束をした。

この他、広州市は隣接する深セン市や仏山市などに医療機器の工場がたくさんあるので、何社か見学させてもらおうと思っている。深センには今友人の蓋軍氏が住んでいるので一緒に呑みたいところだけれども、ちょうど彼の会社が上場直前なのでたぶん多忙で無理だろうな。

広州はなかなか洗練された都会でちょっとシンガポールやバンコク風だ。物価は安いけれども市の中心部には摩天楼が立ち並び、ちょっと他の中国の町とは違っている。

「食は広州にあり」などという言葉もあり、食事も楽しめる。まだ開催まで3週間もあるので、みなさんもご訪問されてみては如何ですか?

(文:窪田 敏之)

2010年1月12日火曜日

ブラッシング指導プロトコルのアップグレードについて

当院のブラッシング指導のプロトコルは私が経験的に「良い」と思った方式を患者さんに指導してきた訳だが、最近「新しい歯科」を勉強しつつ若干思うところあり、変更しようかと思っている。

これまでの指導法はこんな感じだ。

1.一日一回は完璧に磨いてください。
2.歯ブラシを中心に、歯間ブラシとフロスを補助に使用してください。
3.歯磨き剤はできるだけ使わないように。
4.抗菌性嗽剤を使用してください。
5.プラークスコアは20%以下になるようにしましょう。
6.歯と歯茎の境目を万遍なく全部触るようにしましょう。
7.ブラッシング方法はスクラッビング法を中心。患者さんによってはバス法もOK。
8.既に他院で教わってスティルマン法・チャーターズ法・縦磨きなどを習得している人は無理に方法を変えない。
9.電動歯ブラシ、音波歯ブラシ、超音波歯ブラシはあまり推奨しない。

というものだ。これは今までの歯周病管理の考え方、および楔上欠損の予防を念頭においた方式だ。

ところが最近PMTCや、歯周内科療法、バイオフィルムの問題、最近の縁下歯石の対処法などを見ると、これらのプロトコルは若干「最適」には達していないのではないかと思い始めた。

まだ考え方は充分に纏まってはいないが、大きく変わるのはこんなところだ。まず歯磨き剤。これは古い歯磨き剤には磨耗の問題があったのだ。歯磨き剤には研磨剤が必ず含まれている。この研磨剤は毎日使用すると数年で歯頚部を磨耗して楔状に削ってしまう。しかも歯周病菌にもう蝕菌にも著効がなく、利害のバランスが悪かった。

ところが、昨今歯磨き剤もPMTCに使われる研磨剤などとして大きく進化し始めた。う蝕予防効果もあるし、研磨剤の硬さを適切にする(歯牙のセメント質よりも柔らかい物質を使用する)事によって歯牙表面を研磨して美麗にするだけではなく、口腔疾患の元凶の一つであるバイオフィルムの破壊にも有効のようだ。

また、歯磨き剤のような「機械的清掃」を効率的にするには手によるブラッシングだけではなく、機械による適切な振動を加えてくれる歯ブラシのほうが良いのかもしれない。だがこの機械式歯ブラシは、どのような方式が優れているのかはもう少し調べないと良く判らない。

直感的にはあまり強くない超音波歯ブラシが良さそうだが。超音波があると実際にブラシが触れた場所より多少は遠くまで(数10ミクロンだろうけれども)清掃効果がありそうだし、キャビテーションないしは攪拌によって局所の酸素濃度を一時的に増して嫌気性菌を退治しやすくなるかもしれない。(だがこれらの仮説は検証はされてはいない)

ということで、新プロトコルは次のようになる。
1.一日一回は完璧に磨いてください。できるだけ一日三回磨いてください。
2.歯ブラシを中心に、歯間ブラシとフロスを補助に使用してください。
3.歯磨き剤は適切な製品を選択してください。
フッ素を含有する事(う蝕予防効果)・研磨剤が硬すぎない事(磨耗防止)・
研磨剤を含有する事(機械的清掃効果)
4.抗菌性嗽剤を使用してください。
こちらは歯を磨いた後補助的に使用すればOKです。
5.プラークスコアは20%以下になるようにしましょう。
6.歯と歯茎の境目を万遍なく全部触るようにしましょう。
7.ブラッシング方法はスクラッビング法を中心。患者さんによってはバス法もOK。
8.既に他院で教わってスティルマン法・チャーターズ法・縦磨きなどを習得している人は無理に方法を変えない。
9.電動歯ブラシ、音波歯ブラシ、超音波歯ブラシはあまり推奨しない。
適切な製品であれば手用歯ブラシの代わりに使用しても結構です。
-歯や歯茎を傷つけない事。電解作用を持たない事。

という事になる。小さな違いのように見えるかもしれないが、この変更は窪田歯科(私のクリニック)では20年以上実施されてきたプロトコルの大変更だ。PMTCで有名な内山 茂先生のご著書などを拝見するとPMTCで長期間管理されている患者さんの口腔疾患はかなり少なく、歯牙寿命も非常に長くなるという。

もちろん当院でもPMTCを導入しようと勉強中ではあるが、それに先立ちブラッシングもPMTC的な考え方を反映した方式に進化させようと考えている。こういう取り組みは直ちに効果が出るものではないが、5年後10年後の患者さんの口腔状態がさらに向上する事を期待している。また新プロトコルでは旧プロトコルよりもプラークだけではなくステインも落ちやすいので審美性にも優れると思う。

(文:窪田 敏之)

2010年1月5日火曜日

当院で使用しているインプラント、ITIとAQB、その他のインプラント

ちなみに当院では現在ITIとAQBを使用している。しかしながら、頻度はITIのほうが多い。というのもITIは歴史が古くパーツが充実しており、適用範囲が非常に広いからだ。一方AQBは限られた症例ながら、ワンピース一回法(即時加重)という手軽さが良いところだ。

実際、上顎にはなかなかAQBのワンピースを使う気持ちになれないが、下顎・遊離端ではない・骨密度が大きい場合には結構有効だろうと思う。

ところで、アンキロスという製品があるが、これはこれまでのブローネンマルクから始まった解剖学的形態のアナログ型のインプラントとは異なって、非解剖学的形状のインプラントだ。一般に出回っているエビデンスを当院独自の基準で評価してみようと思っているが、これまでのところ、なかなか筋の良さそうな製品という感じを受けており、進めてみようかなと思っている。

その他、インプラントは高いものを一本打つよりも廉価なものを二本打ったほうが、力学的にも危険分散の面でも有利と考えられるので、当然ながらインプラントシステムの価格も性能のうち、という事になる。最近は中国や韓国のメーカーが力をつけてきているので楽しみだが、本年の前半はアンキロスを調べてみようと思っている。

ところで、ジルコニアは通常補綴に使用されているが、これをインプラント体に使用することもできる。というのもジルコニアはチタンほどではないけれども、かなりの骨親和性があり、オッセオインテグレーションも可能なようだ。 実際、インプラントにも人工の歯周ができる訳で、その際には歯周病原因菌群のインプラント体への付着性が問題になる。すると鏡面チタンよりも鏡面ジルコニアのほうが歯周炎への耐性が良い可能性も無いとは言えない。その上最大の利点はやはり美しいという事だ。歯根の色調は金属光沢ではなく、自然の歯牙に近い白い色になる。スペインには既にセラルートという会社があり、同名のインプラント体を販売している。

エビデンスはまだ見つけていないのだが、天然歯よりもチタンのオッセオインテグレート型インプラント体のほうが歯周炎になりにくいような気がするのだが、どなたか文献をご存知ではないだろうか?



(文:窪田 敏之)

2010年1月4日月曜日

謹賀新年 2010

あけましておめでとうございます。

さて、昨年から始めたこのブログですが、本年の前半は主にインプラントと矯正に集中して検討してゆきたいと思います。ある患者さんが歯科疾患や先天的な形態などによって機能性・審美性とも大きな問題が生じていたとしても、最新の歯科の医療技術をもってすれば、かなりの程度快適な結果が得られるはずだ。

だが、昨今歯科医療の領域も広くなりすぎ、さらには専門化が進んで他領域でなにが起こっているのかが判りにくくなっているのも確かだ。さらに科学技術の進歩に伴って歯科医療の技術も急速に進化している。

しかし人体というものは有機的に全体の調和で成り立っているもので、特定領域だけ解決しても患者さんの生活の向上には繋がらない事もありうる。これからの歯科医師はもちろん何かの専門を持っている事は重要だが、それだけではなく歯科や隣接医科、全身状態との調和の中で最善の状態に持ってゆくにはどのようなテクニックを駆使すれば良いのかといった視野の広さもまた求められていると思う。

そんな訳で2010年第一弾は矯正とインプラントの関係を少し調べてみようと思う。

本年もよろしくお願い致します。

(文:窪田 敏之)