2009年12月7日月曜日

感染コントロール

感染コントロールとは治療の時に病原体の害を防止する方法だ。古くはハンガリー出身の産科医、ゼンメルワイスが1847年に発表した「産褥熱を減少させる手洗い法」に端を発する。当時はまだ「コッホの原則」(1876年)が発表されるよりも30年も前で「病原体」あるいは「細菌」の概念が確立されていなかった。とはいうものの、当時先進的多くの臨床家が、接触により移るなんらかの「毒」(これは病原菌の事だが)が存在し、これを防ぐ方法があるようだ、という事を感じ取っていたようである。ナイチンゲールなどの著名な臨床家も「感染」を防止する方法についての考察を残している。

この頃、ウィルヒョウという立派な医師がいたのだが、彼はこのゼンメルワイスの考え方を批判した。これだけ見ると狭量でダメな人物のように見えるが、Wikiによれば、彼は当時実績もあったし、それに都市の公衆衛生という意味では高い意識を持っていたのである。「先入観」とはかくも恐ろしきもので、ウィルヒョウのような立派な人物もこれに侵され、間違った判断をし、後世の人々の間で名声を落とす事になってしまったのだ。

英国の外科医であったリスター先生も、常に患者の事を考えており、なんとか手術後の悪化を防げないかと問題意識を持っていたところ、当時このゼンメルワイス氏の論文を見て、自分なりに消毒液を考案して手指消毒を始めた。すると、非常に術後の成績が向上したのだ。リスターはどうも人格者だったらしく、非常に尊敬されていた。このため後年彼の消毒剤の処方を参考に開発された洗口剤「リステリン」は彼の名前にあやかって命名された。

今日では歯科医院の感染コントロールのレベルも向上し、歯科医師が手袋をしたり、多くの器材を高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)で滅菌したりする事は一般的になってきた。

しかしながら、当院が手袋を始めたのは20年も前の事で、当時はやや奇異な目で見られたのも事実である。というのも当時はまだ大学病院でさえ、歯科は素手で治療をしていたからである。だが、学校で習った細菌学や病理学の知識を元に普通に考えれば、手袋をしなければ自分も患者さんも守れないのは明白だった。そこで私は開業早々使い捨て手袋を使い始めたが、当時手術用手袋は高価で、扱っている業者も少なく苦労したものだ。そこで、自分で中国から手術用手袋を輸入したのだが、大量でなければ売ってくれず、当時の価格で$4000注文したところ、なんとコンテナに半分もの大量の手袋が到着し、院長室が全て手袋で埋め尽くされてしまった。今では笑い話である訳だが、当時の価格差は大きく輸入品の価格は市販品の1/20程度だったので、安心して使い捨てができた。

現在窪田歯科で使用しているメソッドは以下のようなものだ。

1.一般器具 流水で洗い流し、121℃ 2気圧 15分のスケジュールで高圧蒸気滅菌を行う。
2.嗽用コップ、エプロン、ヘッドカバー ディスポ製品を使用。
3.超音波・清拭・洗浄などは行うが、原則的に全ての器材をオートクレーブし、オートクレーブできない器材はできるだけ使用しないか、あるいはディスポーザブルを使用する。
4.医師の手指 ディスポ式のゴムまたはポリエステル製手袋を使用する。
5.印象の消毒 補綴物やインレー等を製作する場合、1%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に1分間浸漬して消毒した後石膏を注型する。1%溶液は印象材の寒天+アルジネートとほぼ等張であって寸法の狂いが無いように調製されている。

これらのメソッドは子供医療センターの池田 正一先生が翻訳されている米国CDCの「歯科臨床における院内感染予防ガイドライン-2003」でまとめれた方式にほぼ準拠している。

現在窪田歯科ではインプラント手術の増加に伴う外科器具の消毒滅菌が増えており、さらなるに感染コントロール方式の強化を考えている。これは非常に希な疾患だけれども通常のオートクレーブでは滅菌しきれないと言われているCJD(クロイツフェルド・ヤコブ病)の病原体プリオンを防ぐための方法だ。

プリオンを研究されている先生方の文書などを参考にすると、高温のドデシル硫酸ナトリウム溶液(中性洗剤の濃いもの)に浸漬する方法と水酸化ナトリウム溶液に浸漬する方法がCJDの感染性を失わせる有効な方法であることが判る。この他にも次亜塩素酸塩溶液(ヒポクロ)も有効なようだが、インプラント器材に多用されている医療用グレードのステンレスを腐蝕するので、向かない。

吉田製薬株式会社には感染予防を特集したホームページがあって見やすく秀逸だが、この中にプリオン対策が載っている。

しかしながら、歯科医院の臨床においては器具が小さいし、高温の湯を常時用意するのは結構大変だ。また作用機序を考えると、ドデシル硫酸ナトリウムによる病原性蛋白質の構造変化による失活よりも水酸化ナトリウムによるペプチド結合の加水分解による破壊のほうが確実に利きそうだ。一応インプラント器具の医療グレードステンレスは2規定水酸化ナトリウムには耐蝕性があるようだ。だが、この水溶液は刺激性・びらん性・組織溶解性が強く、眼に飛沫がはねたりすると失明する虞もあるので、取り扱いにはくれぐれも注意されたい。

様々な方法から、歯科の臨床に適していると思われる方式は以下のようになる。

1.2規定水酸化ナトリウム溶液1リットルを用意しておく。(80gの水酸化ナトリウムを水1リットルに溶解する)
2.組織残渣を洗い流し、水洗いを終了した物品を1時間この液体に浸漬する。
3.次に再びすすぎ洗いをして水酸化ナトリウムを洗い落とす。
4.オートクレーブへ進む。

現在このメソッドは当院で実験中で、問題が無ければ、観血処置を行った器具は全てこの方式での処理に移行しようと思っている。

(文:窪田 敏之)

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